【第40話】ゆぴ負傷!? 歩き旅断念!? in 四日市宿
第40話は、桑名宿から四日市宿を目指します!
子孫繁栄・事業繁栄・厄除開運が御神德の春日神社に参拝
ゆぴに何を祈願したのか問うと「願い事はしない、感謝しているの」
これまで数多くの神社にお参りしてきましたが
そうか、ゆぴはずっと神様に感謝してきたんですね
答えを聞いて、なんだかほっこりしちゃいました~!
東海道五十三次をモチーフにつくられた“歴史を語る公園”では
日本橋から桑名までの過酷な旅の想い出が蘇る?!
天武天皇を祀る全国で唯一の神社に参拝し、街道榎が見えたところで
ある疑問が・・・「なんで一里塚には榎が多いのだろうか?」
答えは、徳川家康と家臣とのおもしろい会話エピソードにありました!
このあと、順調に歩を進めるゆぴにアクシデントが発生!
ええええ! 四日市宿を目の前に、ここで歩き旅を断念!?
桑名宗社(春日神社)
桑名宗社の御神德は、子孫繁栄・事業繁栄・厄除開運です。8月に行われる石取御神事は
ユネスコ無形文化遺産に登録されており「日本一やかましい祭り」、「天下の奇祭」と
呼ばれています。
歴史を語る公園
江戸の日本橋から京都の三条大橋に至る東海道五十三次をモチーフに造られた公園です。
天武天皇社
672年壬申の乱の際に大海人皇子(のちの天武天皇)が桑名に駐泊されたことにちなみ
建立された神社です。天武天皇を祭祀する全国唯一の神社です。
玉喜亭の藤
創業200年余りの料理旅館、玉喜亭にやってきました。ここにある藤も樹齢200年以上が
経っており、坂本龍馬も桑名名物「安永餅」を食べながら眺めていたのかもしれません。
東海道の一里塚に榎の木が多い理由
東海道が整備されたとき、一里塚の上に何か木を植えることになりました。東海道整備は
徳川家康肝いりの政策だったため、家臣が何の木を植えたら良いか家康に聞きました。
家康はそんなこと聞くなと思いながら「ええ木にせい」と答えたとか。すると家臣は
「榎にせい」と聞こえたらしく一里塚に榎が多く植えられることになったとか。
行啓記念道路の碑
大正天皇が皇太子時代にこの道路を通られたことを記念して建てられたものです。この碑
は行啓と名前がついていますが、行啓とは天皇が外出されたときの総称を言い、当時皇太
子だった大正天皇が行啓で通られたことに由来しています。
東海道400周年記念碑
1601年に徳川家康によって東海道に宿駅・伝馬制度ができてから400年後の2001年、東海道
400年記念事業が各地で開催されました。ここ三重も街道ウォークをメインとしたイベントや
レクリエーション、屋台などで賑わい、ウォーキング参加者は千名を超える盛況ぶり。
東海道の魅力を発信しながら地域も活気づくなんて素敵なイベントですね!
旧東海道 三ツ谷の一里塚
三ツ谷一里塚は、昭和20年代に海蔵川を拡幅した際に川の中に取り込まれてしまいました。
そこで東海道400周年の際に、この場所を一里塚跡として復刻。東海道を後世に伝える取り
組みがこんなところにもあるですね。
四日市宿
東海道五十三次の43番目の宿場町。市場と港で発達した宿場で、16世紀頃には四のつく日
に市が開かれていたそうです。徳川時代には十里の渡しで終わりの宮宿…現在の熱田まで
船の便があり、交通の要所として機能していました。