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【第33話】赤坂宿で蚊に襲撃される旅、岡崎突入!

第33話は、蚊に追われ?見どころ満載エリアへGO!

前回「旅籠 大橋屋」のボランティアガイドさんと交流し
次はどんな出会いがあるかと楽しみに赤坂宿の旅を再スタートした
ゆぴでしたが、蚊の大群との出会いはノーサンキュー!
刺される前に、赤坂宿の名所「夫婦楠」をダッシュで見学しながら
9km先の藤川宿をめざします。宿場間の長くて退屈な移動になるかと
思いきや、中間地点にある本宿町は、助郷村だったこともあり
意外や意外! 見どころ満載のエリアでした!
幼少期の家康の学び舎「法蔵寺」に、あの新選組の局長
近藤勇の「首塚」… 江戸~明治の偉人の面影を辿ります
代官屋敷を訪ねてみれば、そこはお洒落なイタリアンレストラン!
貴重な遺構を保存するだけでなく、現代で活用する取組みを学びました

よらまいかん

「よらまいかん」とは地元の言葉で「寄っていこうよ」という意味で
江戸時代の建物をイメージした休憩所になっています。

杉森八幡社

8世紀に創建された神社。境内にある2本の楠は推定樹齢千年を越える
古木で、根株が一本化していることから「夫婦楠」と呼ばれ夫婦円満に
ご利益があるそうです。

赤坂の舞台

回り舞台を備え、江戸時代には人形浄瑠璃、明治以降は歌舞伎が演じら
れました。現在の舞台は明治5年に建てられ、平成12年に復元されたも
の。いまも年に1回、歌舞伎の公演が行われています。

長沢城跡

長沢城は、松平信光の子、松平親則の居城として知られています。親則は
十八松平のひとつ、長沢松平氏の祖とされます。現在、城址は住宅地となっ
ており遺構としては、堀の一部と井戸を残すのみ。高台には城址碑が建て
られています。
※松平信光は、室町時代中期から戦国時代にかけての武将。松平家が三河
一帯に勢力を伸ばすきっかけを作った人物。

本宿町

江戸時代の本宿村は、赤坂宿と藤川宿の中間地点にあり、ふたつの宿場で
人足や馬がたりなくなった際、その補充をする助郷村でもありました。

法蔵寺

徳川家康が幼少のころ、手習いや漢籍などの学問に励んだと伝えられてい
ます。桶狭間の合戦後、家康はこの寺に守護不入の特権を与えるなどして
優遇しました。境内には、家康が使ったとされる硯箱や硯石、机などの他、
家康ゆかりの文化財が、数多く残されているそうです。

近藤勇の首塚

法蔵寺の境内の山腹にある、近藤勇の首塚。新撰組局長の近藤勇は、明治元
年東京板橋で斬首されました。その首は京都三条大橋西に晒されていました
が、同士が持ち出し、近藤が生前敬慕していた京都誓願寺の住職に託した後、
住職が転任したここ法蔵寺に運ばれました。当初は、石碑を土で覆い、ひっ
そりと弔ったと言われています。

本宿陣屋跡

本宿陣屋跡を探していたら、病院に来てしまいました。じつは、あとで分かった
のですが、この冨田病院の場所に陣屋があったそうです。そして、代々この地で
代官を務めたのが冨田家でした。明治維新後、冨田家は代官から医者に転身。
陣屋と同じ敷地内にあった代官屋敷は、病院兼住宅として使用されたのち、この
50年間は空き家になっていましたが、2019年、大規模な改修工事によって代官屋
敷はイタリアンレストランに、隣にあった蔵は郷土資料館としてよみがえりまし
た。歴史的に貴重な文化財を残しつつ、地域に不足していた飲食店のニーズに応
えるという、新しい取り組みです!